人気ブログランキング |

ブログトップ

イタリア語って面白い!

今日は1日オフなので、秋晴れの空の下、明治150年の歴史が詰まった馬車道を思い切り散策しました。
f0172744_1744027.jpg

1858年7月29日、それまで鎖国をしていた日本とアメリカ合衆国の間で日米通商修好条約が結ばれました。そして横浜港が開かれると、隣接する関内地域に外国人居留地が置かれ、横浜港と関内とを結ぶこの道を、外国人が馬車で往来していたため「馬車道」と呼ばれるようになりました。 馬車道は、日本の外国文化への玄関口であったため、ここを発祥の地とするものが数多くあります。

ガス灯(1872年10月31日)
明治3年、高島嘉右衛門が中区花咲町にガス会社を設立し、明治5年に神奈川県庁付近と大江橋から、馬車道、本町通りまでのおよそ600メートルの街路に、ガス街灯十数基を点灯しました。

f0172744_1751948.jpg

近代街路樹(1867年)
近代街路樹のはじめは、1867年に馬車道の商店街が、通りに沿って街路樹を植えたことから、1979年(昭和54年)に、横浜市が開港120周年記念事業の一つとして、中区港町5丁目に「近代街路樹発祥之地」の碑を建てました。

アイスクリーム(旧暦 1869年(明治2年)5月9日)
「町田房蔵」が馬車道通りに開いた「氷水屋」で製造・販売したものが初とされています。
「アイスクリン」という名称で、当初は外国人にしか売れず庶民の手には届きにくかったそうです。

日刊新聞(1871年1月28日(旧暦:明治3年12月8日))
中区本町通で、日本初の日本語の日刊新聞「横浜毎日新聞」が創刊されました。
中区日本大通にある横浜情報文化センタービル内には、日本新聞協会が設立した日本新聞博物館があります。
f0172744_1755712.jpg



by aula-magna | 2018-11-16 17:12 | ・日記 | Trackback | Comments(0)