2015年 01月 10日 ( 1 )

考えることは愉しいはず。

近頃とても気になっていることがある。
テレビなどで「飲みやすい」「食べやすい」がほめ言葉として頻繁に使われているのである。
なぜこれが美味しいという意味のほめ言葉になるのかとても不思議である。
容易く楽であることが心地よい傾向にあり、それが望まれているのか?

先日ドキュメンタリーの字幕の仕事をした。指揮者が様々な場面で聞き手に考えて欲しい
という意味で投げかけている言葉が美しいので、それを極力生かして訳すと、クライアント
から結局どういうことを言っているのか具体的な言葉にしてくださいという注文が来た。
それが外国語特有の表現というわけではないので、訳者が説明を入れ込むのでは
指揮者の意図が台無しになってしまう。受け取る側の想像力の欠如に他ならない。
何の臆面もなく、訳で解りやすくして欲しいという要求に、大切なものが失われてゆく
ようで寂しい。
by aula-magna | 2015-01-10 12:09 | ・日記 | Trackback | Comments(2)

イタリアオペラ翻訳家 とよしま よう のブログです。


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