コーヒーへの渇望とデミタスカップ

1806年ベルリンに入城したナポレオンは勅令を発して、有名な「大陸封鎖」を宣言しました。
イギリスを大陸から切り離し経済的に封じ込めるためのものでした。封鎖によってイギリスの
工業製品は大陸に入らなくなり、砂糖やコーヒーといった植民地からの生産品も途絶えました。

イタリアではコーヒー豆が急激に不足し、カフェが次々と潰れて行きました。その中で、ドイツの
文豪ゲーテも立ち寄っていたことで知られるローマの「カフェ・グレコ」の3代目サルヴィオーニ
は、苦肉の策としてカップの大きさを小さくしてコーヒーの消費量を減らし急場を凌ぎました。
その結果 demi-tasse 〔仏語:半分のカップ〕、tazzina 〔伊語:小さなカップ〕で、コーヒーを
飲むというスタイルが確立したのです。

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それから約一世紀後の1901年に、コーヒーの抽出速度を追い求めた一人のイタリア人、ミラノ
のエンジニアであるルイジ・ベゼラが、バールで使用するための蒸気圧を利用したコーヒーマシ
ーンを開発しました。客の求めに応じて素早く入れられることから、このコーヒーは espresso
〔エスプレッソ:急行〕と呼ばれ、たちまち一世を風靡し、イタリアではカフェといえば普通エス
プレッソをさすようになりました。

カール・マルクスは著書 『ドイツ・イデオロギー』 の中で「ナポレオンの大陸封鎖によって生じた
砂糖とコーヒーの不足は、ドイツ人をナポレオンに対する蜂起に駆り立てた」と書いています。
人々のコーヒーへの渇望が世の中を変える原動力となったのです。
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by aula-magna | 2014-11-11 23:09 | ・イタリアのこと | Trackback | Comments(0)

イタリアオペラ翻訳家 とよしま よう のブログです。


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