11月29日はガエターノ・ドニゼッティ (1797~1848) の生まれた日

ガエターノ・ドニゼッティの生まれたベルガモの町は、丘の上にある旧市街(Città alta)と
丘の下に広がる新市街(Città bassa)の二つから成っています。
1797年11月29日、G. ドニゼッティは、その Città alta のボルゴ・カナーレ区の
貧しい家に生まれ幼児期を過ごしました。
オペラの作曲で成功し裕福になった後も、暗い墓場のような地下にあった生家の事を
忘れることはありませんでした。彼の恩師ジョヴァンニ・シモーネ・マイル宛ての1843年
7月15日の手紙には、こう記されています。
≪私はボルゴ・カナーレの地下に生まれました。
光りの影が全く入り込まない、地下の階段を下りて行くのです。
そして私は、あるときは悲しい、あるときは幸福な予感を抱えながら、
まるでフクロウのようにそこから飛び立ったのです。≫
       参考:G. Barblan / B. Zanolini著: ガエターノ・ドニゼッティ

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Commented by SACRA FIORA at 2009-11-29 22:53 x
あの日ドニゼッティのお墓がある教会へ歩いて向かい、夜空を見上げドビュッシーの月の光を思いながら到着しました。門番の方が笑顔で迎えてくれました!挨拶もそこそこにドニゼッティのお墓は何処ですか?とたずねたら、まずは彼の師匠のシモーネのお墓に案内され、如何にベルガモ市民は彼の師匠を尊敬しているかを、丁寧なイタリア語で説明してくれました!左側にシモーネ、右側にドニゼッティ・・・白い大理石の立派なお墓でした!私は今日アヴェマリーアを歌わせていただきます、どうぞ善き方向へお導き下さいとお祈りしました。一生涯忘れないドニゼッティとシモーネとの出会いでした!
Commented by aula-magna at 2009-11-30 00:17
素敵な経験ですね。シモーネ・マイルは、当時の劇場や教会におけるイタリア音楽界の衰退を指摘し、6~14歳までの貧しい子供たちを無償で音楽院に受け入れるという学校教育をを提案し成功させます。そしてヨーロッパ中の音楽施設から争うように求められたにもかかわらず、ベルガモを「わが町」と呼び離れようとはしなかったのです。このシモーネ・マイルによって貧しかったドニゼッティも、音楽を学び才能を開花させることができたのです。
Commented by SACRA FIORA at 2009-12-01 13:44 x
ベルガモのその名もドニゼッティ劇場は、ピンクを基調とした可愛らしい劇場です。私は客席からではなく、いきなり演出家に引っ張られて舞台中央へ行き、さあこれからお前の歌う劇場だ!と・・・声になりませんでした。イタリアでオペラに行くというだけでワクワクしてきますが、それは魅力的な劇場の賜物であると思います。日本ではカザルスホールが来年4月から使用出来なくなるらしいですが、あのホール好きだったのに・・・ただ立派な箱を作るだけの仕事はやめてほしいものです。
by aula-magna | 2009-11-29 15:17 | ・イタリアオペラの話 | Trackback | Comments(3)

イタリアオペラ翻訳家 とよしま よう のブログです。


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