イタリアオペラ翻訳家 とよしま よう のブログです。


by aula magna
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

<   2014年 03月 ( 2 )   > この月の画像一覧

イタリアを旅し、魅了されたアンデルセンは、イタリア語が分からなかったため、
イタリア人の思考、感情などを、自分自身の全感覚を使って想像し、イタリアを
舞台にした美しい夢物語「即興詩人」をデンマーク語で書き上げました。
留学中、その作品をドイツ語訳で読んだ森鴎外は、全く未知の国であるイタリアを、
ドイツ語の記述からのみ想像し翻訳しました。
鴎外訳の「即興詩人」には原作者アンデルセンは不在で、それは翻訳であるよりも
原作の再編集であり、創造的な誤訳でした。
そこには、西洋文化の紹介というよりも、日本の風土に翻訳する「文化の翻訳」、
すなわち西洋文化の「日本化」が行われたのです。
こうして鴎外は9年という歳月をかけ、日本人に理解し易い日本人好みの「イタリア」
を作り上げ、歴史に残る文学作品として「即興詩人」を残したのです。
岩波文庫では、「即興詩人:森鴎外訳」と表記した上で、翻訳作品に付ける赤色の
帯ではなく、日本近代文学につける緑色の帯をつけています。卓見というべきでしょう。
         (長島要一氏の「即興詩人とイタリア」から引用要約)

鴎外訳 『即興詩人』書き出し:
羅馬(ロオマ)に往きしことある人はピアツツア・バルベリイニを知りたるべし。
こは貝殻持てるトリイトンの神の像に造り做したる、美しき噴井ある、大なる
廣こうぢの名なり。貝殻よりは水湧き出でてその高さ數尺に及べり。

ダンテの『神曲』というタイトルは、原題(Divina Commedia)の訳「神聖喜劇」を、
鴎外が『即興詩人』の一章で「神曲、吾友なる貴公子」と訳し、以来定着したものです。
解りやすさを考えると「神聖喜劇」を直訳と言い切って良いのか難しいところです。

これだけ自由に行き来のできる時代になっても、外国と日本文化の間には大きな
隔たりがあります。そのため、文化の翻訳をしないと翻訳となりにくい状況にも
遭遇しますが、翻訳はあくまでも文化の紹介が役割と考え、どこまで日本語にできるか
という大きなテーマを抱えつつ、この仕事に携わっています。
by aula-magna | 2014-03-27 15:12 | ・イタリアのこと | Trackback | Comments(0)

3月8日 (l'8 marzo)

1890年3月8日:
この日、ジュセッペ・ヴェルディは、アッリーゴ・ボイトから
完成した「ファルスタッフ」の最終台本を受け取りました。

ヴェルディの最後の作品となったこのオペラは、
1893年2月9日ミラノ・スカラ座で初演され、この日、
全ヨーロッパとアメリカから批評家や音楽家たちが、
期待をふくらませてここへ集まり、観客の中には、
王女レティーツィア・ボナパルテ、詩人カルドゥッチ、
作曲家マスカーニ、プッチーニ、台本作家ジャコーザらが
居ました。
また、ウンベルト王をはじめ、偉大な人々からの祝電が
次々と寄せられ、終演後も観客の興奮と感動の大喝采に
包まれ、その後、各地で凱旋公演が行われました。
by aula-magna | 2014-03-08 23:17 | Trackback | Comments(0)