イタリアオペラ翻訳家 とよしま よう のブログです。


by aula magna
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fare il ponte

イタリアでは飛び石連休があれば、はさまれた平日はお休みになり「fare il ponte:
橋を架ける」と言います。
4月25日は「イタリア解放記念日:Festa della liberazione」で国民の祝日です。
第二次世界大戦で反ファシズム勢力のパルチザンが立ち上がり、北部の主要都市
すべてをドイツ軍の支配から解放した1945年4月25日を記念する日です。
5月1日のメーデーは、イタリア語で「Festa del lavoro:労働の祭、あるいは
Festa dei lavoratori:労働者の祭り」と言い、国民の祝日です。
イタリアにゴールデンウィークはありませんが、イタリア解放記念日、週末と
メーデーをつないで、長めのお休みをとる人もいます。
by aula-magna | 2012-04-30 15:36 | ・イタリアのこと | Trackback | Comments(0)

Festival del Cinema italiano 2012

~ イタリア映画祭2012のご案内 ~

「日本におけるイタリア年」をきっかけに2001年春に始まったゴールデンウィーク
恒例の「イタリア映画祭」は、今年で12回目を迎えます。
日本未公開の最新のイタリア映画を東京で14本、大阪で7本一挙上映します。
すべて日本語字幕付きの上映です。

<開催概要>
Tokyo:2012.4.28(土)~5.4(金・祝)有楽町朝日ホール
Osaka:2012.5.12(土)~5.13(日)ABCホール

お問い合わせ: 050-5542-8600 (ハローダイヤル:~4月27日)
03-3284-5215 (会場、会期中のみ)
http://www.asahi.com/italia/
有楽町朝日ホール東京都千代田区有楽町 2-5-1 マリオン11階
by aula-magna | 2012-04-26 08:59 | ・イタリアの芸術 | Trackback | Comments(0)
1889年6月に、サヴォイア家のウンベルト一世とマルゲリータ国王夫妻が
ナポリを訪問した際、当時評判であった“La Pizzeria Brandi:”のラファエッレ・
エスポジトとマリア・ジョヴァンナ夫妻がナポリ郊外のカーポディモンテ王宮に
招かれました。
そこでラファエッレ・エスポジトは両陛下に三種類のピッツアを献上したのです。
一つ目はオリーブオイル、チーズ、バジル、二つ目はアンチョビ、
3つ目はイタリアの国旗に因んでモッツァレッラ、トマト、バジルで作りました。
王妃が三番目のピッツアをとても気に入り称賛したので、ラファエッレ・エスポジトは
このピッツアをマルゲリータと名付け、今日最も有名な“Pizza Margherita”が
誕生しました。
by aula-magna | 2012-04-25 21:44 | ・イタリア料理 | Trackback | Comments(1)

自分の知らないこと。

先日ラジオを聴いていたとき、ノンフィクション作家の女性が、司会者の「沢山の
国々を廻って人生観が変わりましたか?」との問いに、「変わるというよりむしろ
自分の自我が強くなったように思います。」と答え、外国でのいくつかのエピソードを
日本人の視点から笑い話として語っていました。
ちょっと不思議な気がし、またありがちなことだとも思えたのです。

人は通常自分の価値観で物事を判断します。といっても旅行をする、本を読むなど、
未知の世界、即ち知らなかったことに接したときに、自分の知っていることだけを
理解し、そうでないことを面白おかしく冗談のようにしてしまうのでは、折角の体験が
もったいない。
異なる背景を持つ文化を探ったり、なぜだろうと考えるエネルギーを持つことが
楽しみを与え、活き活きと元気にさせてくれるのですから。
by aula-magna | 2012-04-18 01:31 | ・日記 | Trackback | Comments(0)
私の人生を方向付けたドーナツ盤45回転のレコード
Gigliola Cinquetti の「Non ho l'età」。
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エンジニアであった父は、昭和30年代にしばしば仕事でヨーロッパへ出かけていました。
そして、私が高校生のとき「ヨーロッパでとても流行している曲なので聴いてみなさい」
と言って、コペンハーゲンからお土産に買ってきてくれたのが、このレコードです。
1964年、当時16歳のジリオーラ・チンクエッティがサンレモ音楽祭で歌い優勝した
「Non ho l'età」(日本語タイトル:夢見る想い)ですが、世界的なヒットとなり、イタリア
国外でもレコードが出ていたのです。
我が国でも、その頃青春時代を過ごしていた方はきっとご存知の曲です。
高校生の私は、このレコードジャケットを見ながら、初々しい若さと伸びやかな声に
惹き込まれ毎日繰り返し聴きました。
また同じ頃、「イタリア歌劇団」の来日公演をテレビで観て、日本語とは違う言葉の
エネルギーにますます興味を持ち、未知なるイタリアへの憧れがつのっていきました。

※1956年から76年にかけてNHKが「イタリア歌劇団」を日本へ8回に亘り招聘し、
 我が国のオペラ上演に大きな影響を与えました。このときの公演を見てオペラの
 虜になった人も多く、現在のオペラ界の礎ともなりました。
※1958年から59年にかけて多くのテレビ局が開設され、4月10日の皇太子明仁親王
(今上天皇)御成婚の中継をきっかけにテレビ受像機が一般に普及し始めました。
by aula-magna | 2012-04-14 18:26 | ・イタリアの芸術 | Trackback | Comments(0)
18世紀後半にイギリスで始まり世界各地に広がった産業革命は、資本家と労働者の
対立を生み出し、労働者階級は貧窮の途を辿るばかりでした。
こうした中で、綿織物企業の経営者であり資産家であったイタリアのクリストフォロ・
クレスピは、その企業下で働く労働者のために、ベルガモの南西15キロのアッダ川に
沿った土地に“労働の理想の村:Villaggio ideale del lavoro” を作り上げました。
クレスピは労働者たちの生活環境を整えれば、企業の生産性も高まり良質な製品が
産み出せると考えたのです。
この村には、菜園のできる庭付きの戸建住宅が立ち並び、教会、学校、病院、劇場、
公衆浴場、福利厚生施設、お墓に至るまで、まさに“揺りかごから墓場まで:dalla
culla alla tomba” 生活に必要なものすべてが揃っていました。
中央の通りを境に西側が工場地区、東側が住宅地区と分かれ、工場は優雅なロンバル
ディア・ネオゴシック様式で、十分な光りが入るように設計され、換気や気温にも
気が配られていました。また毎年ガーデニングコンテストが開かれたため、皆競って
自宅の庭の手入れをし、そこにはストライキも労働争議もなく、資本家と労働者は
友愛と尊敬で結ばれていました。
1995年にユネスコ世界遺産審査委員会は、19世紀から20世紀にかけて理想郷
を維持し続けていたこの“労働者の村” クレスピ・ダッダ:Crespi d’Adda を、今日に
至るまで完全な形で保存されているとして、そのリストに加えました。
by aula-magna | 2012-04-06 22:52 | ・イタリアのこと | Trackback | Comments(0)

ここにも春が!

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お散歩の途中で見つけた“土筆”。
幼い頃、春になるとよく兄弟たちと近くの
野球場の土手まで土筆を摘みに行きました。
持ち帰って新聞紙の上に広げ “はかま”を
除くと、母が炒めたり佃煮にしてくれたことを
懐かしく想い出します。
by aula-magna | 2012-04-03 11:34 | ・日記 | Trackback | Comments(2)