イタリアオペラ翻訳家 とよしま よう のブログです。


by aula magna
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<   2011年 10月 ( 10 )   > この月の画像一覧

梅雨の頃、友人と久しぶりにミッドタウンのイタリアンレストラン“NAPLE”に出掛けました。
その日は幸運にも雨が上がり、赤とピンクのゼラニュウムに囲まれたテラス席で夕食を
とることができました。
美味しい食事をしながら、友人がふと「ゼラニュウムは虫除けになるのよ」といった言葉に、
それでヨーロッパの家々の窓辺には、ゼラニュウムがたくさん植えられているのだと初めて
気付きました。その独特の香りが虫を遠ざけるのだそうです。
我が家にも植えたくなったのですが、時期が悪く、苗をなかなか見つけられずにいました。
やっと見つけた一苗を植えたところ、元気に育っているので、もっと欲しいと思っていましたら、
10月に入って近くのガーデンセンターにたくさん並びました。さっそく朱色の苗を10鉢求めて
玄関前と庭に植えました。このところ暖かい日が続くので花がよく咲きます。
多年草なので毎年楽しむことができると思いワクワクしています。

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by aula-magna | 2011-10-30 15:09 | ・日記 | Trackback | Comments(0)

日本語の神秘さ。

日本語の「寂しい」をイタリア語にするとき、その理由が解らなければ、
表現できません。寂しいのは何故なのか?

独りぼっちで寂しい。  
Mi sento solo. (私は独りを感じている。)

あなたがいなくて寂しい。
Sento la tua mancanza (あなたの不在・欠落を感じている。)

この道は夜になると寂しい。
Appena cala la notte questa via è deserta.
(夜になると、この道にはひと気がない。)

日本語の中には、何故なのか?などを説明しなくても、自然に解り合える???
言葉が多く存在しています。
by aula-magna | 2011-10-28 23:44 | ・イタリア語コラム | Trackback | Comments(0)
日本人は「忙しい」という言葉をよく使う。
しかし、私はこの「忙しい」という言葉を使わないように心がけている。
「忙しい」とは何だろう?
日本人がこの言葉を使うとき、どこか誇らしげなものが漂い、人を受け入れようと
しない響きがある。「忙しい」を理由にすれば、相手との関係を一方的に断ち切り、
相手の意に沿うことのできない理由を言わなくてもすむ。
効率優先の社会の仕組みの中では便利な言葉であろうが、じっくり考えることを
放棄して、大切なものを失っているのではないか?
「忙しい」をイタリア語にすると「essere occupato:ふさがっている」「essere
impegnato:先約がある」など具体的な表現になり、イタリア人の生活の中には
見出せない感覚である。

追記:
「忙」しいという 文字は、心が亡(ほろ)びる、心が亡(な)いという字である。
by aula-magna | 2011-10-24 22:50 | ・イタリア語コラム | Trackback | Comments(0)
我が家から歩いて15分位の所に、美しい家々が立ち並ぶ高台があります。
お天気の良い日には、坂を上がると陽が燦々と降り注ぐ心地よい散歩道です。
その坂道に、こんなに肌寒い季節にもかかわらず、「ポーチュラカ」が競うように
咲いていました。

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by aula-magna | 2011-10-23 22:52 | ・日記 | Trackback | Comments(7)
私は平成2年より旧吉田茂邸のある神奈川県の大磯に17年間住んでいましたので、
大磯町の旧吉田茂邸保存をめぐっての集会などにも参加し、氏を身近に感じています。
吉田茂氏は1878年(明治11)東京に生まれ、戦後7年2カ月にわたって吉田内閣を組織し、
戦後の混乱期にあった日本を優れた政治感覚と強いリーダーシップで復興へと導き、
戦後日本の基礎を築きました。
1953年のバカヤロー解散や、カメラマンへ水をかけたり、労働組合を「不逞のやから」
と言うなどの破天荒ぶりで有名ですが、反面、持ち前の愛嬌とユーモアで敵陣営にも
人気がありました。ふくよかな風貌と、葉巻をこよなく愛したことから「和製チャーチル」
と呼ばれていました。
晩年、世界の中の日本のあり方を問われて「世界の中の日本になったのだから、
日本人だけの日本だと思って勝手な真似をしてはいけません」と語りました。
1967年10月20日、89歳で逝去し、戦後初の国葬でテレビ中継され、亡くなったときの
枕元には使い込んで汚れた仏和辞典が置かれていたそうです。
by aula-magna | 2011-10-20 21:42 | ・日記 | Trackback | Comments(0)
最近テレビをつけると、人が言い間違えたり、面白くないことを言ったときに「噛んだ」、
あるいは「滑った」と面白がっていることに、私は違和感を感じています。
また番組作成中のNGを特集としてゴールデンタイムに放送し、視聴率が高いというのも
おかしな話です。
日本人は間違えること、失敗することを恐れるのでこういうことが、面白い材料になるので
しょうか?自分たちで人間関係を窮屈にしているのではないでしょうか?
イタリアでは学習するとき「Sbagliando s’impara.:間違えながら学ぶもの」と言います。
失敗を恐れていては前に進めません、創造的な活動もできません。
失敗を笑いものにする風潮は人を消極的にします。
もっと明るく楽しい言葉が流行って欲しいものです。
by aula-magna | 2011-10-15 16:20 | ・日記 | Trackback | Comments(0)

ノーベル文学賞

今年のノーベル文学賞は、スウェーデンの80歳の詩人、トーマス・トランストロンメル
に決まりました。私は常々言語の異なる国々の作品の中から、どのようにして文学賞を
選ぶのか不思議に思っていました。
文芸評論家の加藤典洋氏によるとスウェーデン・アカデミーの人に「ノーベル文学賞を
とるには何が一番大事ですか?」との問いに「良いスェーデン語の翻訳があること」との
返事が即座に返ってきたとのこと。そして英語やスウェーデン語で書かれたか翻訳され
たもの以外は賞の対象にならないのだそうです。

またデイヴィット・ダムロッシュは世界文学とは翻訳文学のことであり、良い翻訳文学
とは、翻訳することでより豊かなものになったものをいうとあります。

川端康成はノーベル文学賞を受賞したとき、訳者のサイデンステッカーに、賞金を半分
受け取って欲しいと申し出たそうです。

翻訳の難しさ、またその醍醐味には果てしないものがあります。
by aula-magna | 2011-10-12 00:21 | ・日記 | Trackback | Comments(1)
アンリ・ミュルジェは、彼が生活していた1840年代のフランスのモンマルトルや
カルチェ・ラタンの雰囲気を小説「放浪芸術家たちの生活風景」の中でいきいきと描き、
登場人物は、ミュルジェのまわりの人々をモデルにしました。
例えば、ミュゼット(Musette) <この作品を原作としたオペラ 「ラ・ボエーム」 の中では
ムゼッタ(Musetta)>は、二人の人物がモデルで、一人は詩人シャン・フルリの愛人で
あったマリイ・ルウ (Marie Roux)、彼女はフランス古典派の画家アングル(Ingres:
1781~1867)のモデルをしていたこともある女性です。
また「可愛い調子はずれの声」を持っていたので、ミュルジェは彼女にバグパイプ嬢
(Mademoiselle Musette)とあだ名をつけて呼んでいました。
(仏語のMusette も、イタリア語のMusettaもバグパイプと言う意味です。)
もう一人のモデルはボードレールの親友の一人であった詩人ピエール・デュポン
(Piere Dupont:1821~1870)の妻であった人物で、手当たり次第に堂々と恋愛をし、
1863年にはアルジェリアへ旅立ち、そこで溺死したとあります。
(参考文献:モスコ・カーナ著「プッチーニ」)
by aula-magna | 2011-10-05 01:11 | ・イタリアオペラの話 | Trackback | Comments(0)
内田洋子さんの著書「イタリア人の働き方」 まえがきより

「イタリア人は怠け者だ」
イタリア人について多くの人が持つ、ステレオタイプのイメージである。
しかし現実には、イタリア人は怠惰なのではなく、自分にとっての人生の意味をよく心得ている
のである。生きることは、楽しいことでなければならない。人生を満喫したい-----。
そういった自己のの享楽優先が、ときには怠惰に見える場面を生むのかもしれない。
しかし<自分の持つ価値観を優先する>ということと<怠惰>は、やや異なる。
人生を楽しむために、お金は必要不可欠である。お金はふつうは働いて手に入れる。
よって、イタリア人は働くのである。それはもう、懸命に働く。人生を楽しむために。
イタリア人が働くのは、生きるためである。その逆はない(日本人は、逆のタイプが多いらしい)。
by aula-magna | 2011-10-02 23:54 | ・イタリアのこと | Trackback | Comments(0)

金木犀

生垣の上の金木犀が一晩でいっせいに開花したかのように、今朝、窓を開けると、その香りが
部屋中を満たしました。今日は窓を開け放って、香りに包まれ仕事をしています。
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by aula-magna | 2011-10-01 14:19 | ・日記 | Trackback | Comments(0)