イタリアオペラ翻訳家 とよしま よう のブログです。


by aula magna
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30

<   2009年 11月 ( 4 )   > この月の画像一覧

ガエターノ・ドニゼッティの生まれたベルガモの町は、丘の上にある旧市街(Città alta)と
丘の下に広がる新市街(Città bassa)の二つから成っています。
1797年11月29日、G. ドニゼッティは、その Città alta のボルゴ・カナーレ区の
貧しい家に生まれ幼児期を過ごしました。
オペラの作曲で成功し裕福になった後も、暗い墓場のような地下にあった生家の事を
忘れることはありませんでした。彼の恩師ジョヴァンニ・シモーネ・マイル宛ての1843年
7月15日の手紙には、こう記されています。
≪私はボルゴ・カナーレの地下に生まれました。
光りの影が全く入り込まない、地下の階段を下りて行くのです。
そして私は、あるときは悲しい、あるときは幸福な予感を抱えながら、
まるでフクロウのようにそこから飛び立ったのです。≫
       参考:G. Barblan / B. Zanolini著: ガエターノ・ドニゼッティ

人気blogランキング
  ↑気に入っていただけたらクリックお願いします。
by aula-magna | 2009-11-29 15:17 | ・イタリアオペラの話 | Trackback | Comments(3)
f0172744_13464149.jpg
(foto Yoh)

人気blogランキング
  ↑気に入っていただけたらクリックお願いします。
by aula-magna | 2009-11-09 13:47 | ・フォトアルバム | Trackback | Comments(2)
寒い冬の初めにもかかわらず11月の初旬、イタリアで一時的に暖かな日が続くことがあり、
これを聖マルティーノの夏と呼びます。これは、あるお話しに由来しています。
それは11月の大変寒い日、騎士マルティーノが仕事に赴くためマントに包まって馬に乗り
通りかかった土地で、寒さに震える貧しい人に出会いました。
その人に求められ、マルティーノは自分のマントを剣で半分に切り差し出しました。すると
別の一人も求めるので、半分になった残りのマントをさらに半分にして与えました。
ところが三人が寒さから身を守るには、マントの切れ端では役に立たなかったのです。
そこで、これを知った神が、マルティーノの仕事が終わるまで暖かな日を続けるように命じ、
その後もこの指示を解くことをしなかったったというお話。
因みに11月11日は、聖マルティーノの祝日です。

人気blogランキング
  ↑気に入っていただけたらクリックお願いします。
by aula-magna | 2009-11-07 01:01 | ・イタリアのこと | Trackback | Comments(0)
イタリアでは古い建物、道路、街路樹、広場など、町を構成する様々な要素を保存しながら
修復し再生するという社会的取り組みをしています。これが様々な都市に「歴史的中心地
区:Centro storico」と呼ばれる地域を生み出し、1967年にはこの取り組みが都市計画
の中に位置づけられ法律としても誕生しました。そのため歴史的遺産が大切に保存され
現代の市民生活と調和し、日々の快適で落ち着きのある生活空間を生み出しています。
ナポリ、フィレンツェ、ローマ、サン・ジミニャーノ、シエナ、ピエンツァ、ウルビーノの七都市の
「Centro storico」は、ユネスコの世界文化遺産に登録されています。
またイタリアには、ヴェネツィアやアッシジのように町全体が「世界遺産」になっている都市
も数多くあります。
人気blogランキング
  ↑気に入っていただけたらクリックお願いします。
by aula-magna | 2009-11-02 16:40 | ・イタリアのこと | Trackback | Comments(2)