イタリアオペラ翻訳家 とよしま よう のブログです。


by aula magna
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<   2009年 02月 ( 8 )   > この月の画像一覧

ジョアッキーノ・ロッシーニは、閏年(l’anno bisestile)の1792年2月29日アドリア海の
港町ペーザロ(al numero civico 334 in via del Duomo)で生まれました。
父ジュセッペ(Giuseppe)は、非常に陽気で活発な人物であったので「Vivazza」と
呼ばれ、市役所に勤める傍ら他の職務をも兼任し、トランペット奏者としても活動して
いました。そして同じ建物に住むパン屋を営む家の一人娘、市内でも評判の美しい娘
アンナ(Anna)と結婚します。活発なジュセッペは様々な経験の末、管弦楽団の楽員と
して働くようになると、聡明な妻アンナの美声を活用し舞台で歌えるようにして、夫婦で
音楽活動を始めたのです。

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この環境の中でジョアッキーノ少年は、卓越した音楽の才能に磨きをかけてゆきました。
彼は幼い頃から女性の美しさには大変敏感で、自分の母を、顔立ちも姿も声も世界で
一番美しい女性だと考え、崇めていました。
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by aula-magna | 2009-02-28 19:40 | ・イタリアオペラの話 | Trackback | Comments(2)

パルマのコレッジョ展

ルネッサンス期のパルマ派絵画を代表するコレッジョ(1489~1534)の絵画展が、
この冬パルマで開催されました。
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(foto Yoh)
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by aula-magna | 2009-02-25 21:30 | ・フォトアルバム | Trackback | Comments(0)

雪のパルマ

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(foto Yoh)
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by aula-magna | 2009-02-23 17:02 | ・フォトアルバム | Trackback | Comments(0)
甘いものをあまり食べない息子が「突然...無性に食べたくなるんだ!」と
言ってくれるケーキです。
特に名前が気に入っていて「何かいいことがあるといいな!」と思う日に作ります。
片栗粉と粉砂糖を使うので “さっくりとして濃厚” な美味しさです。

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【作り方】
1)① ~ ③をふるいにかけます。
  ① 小麦粉 100g
  ② 片栗粉 100g
  ③ ベーキングパウダー5g
2)① ~ ⑤ をハンドミキサーで白っぽくなるまで混ぜます。
  ① バター200g(この分量に躊躇しますが思い切って)
  ② 粉砂糖200g
  ③ 卵黄  3個
  ④ 全卵  2個
  ⑤ バニラエッセンス(リキュール酒を使っても美味)
3)型の内側にバターを塗って小麦粉をふりかけ、
  2)の中に1)を入れ軽く混ぜ合わせたものを流し込みます。
4)オーブン170℃で、約50分(狐色になるまで)焼きます。
  型から出して粉砂糖をふりかけます。

072.gifイタリアの卵の卵黄は、濃いオレンジ色をしていて
     黄みではなく 《ROSSO:赤み》 と言います072.gif

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by aula-magna | 2009-02-22 21:14 | ・イタリア料理 | Trackback | Comments(4)

冬のミラノ大聖堂:Duomo

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(foto Yoh)
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by aula-magna | 2009-02-14 21:24 | ・フォトアルバム | Trackback | Comments(1)
1776年のカーニバルの終わった夜、その当時の社交界の中心でもあったミラノの
大公爵歌劇場 (Teatro Ducale) が焼失しました。そして火災後すぐ異例の速さで
劇場の建設が進められ、2年半後の1778年8月3日に新劇場が誕生しました。

これは14世紀の教会サンタ・マリア・デッラ・スカーラ教会 (La chiesa di Santa
Maria della Scala) の跡地に建てられたため、テアトロ・アッラ・スカーラと名づけ
られました。この教会は、1395年に最初のミラノ公となり大聖堂 (Duomo) の建築に
寄与したジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティの甥のベルナルボが、妻レジーナ・デッラ・
スカーラのために建立したものでした。このレジーナの実家はヴェローナの貴族で、
フィレンツェから政治亡命してきたダンテを助けた家柄です。

1921年までは、スカラ座の定期予約者の借りているボックス席は、彼らの私的財産
でもあり、20世紀の初頭には、スカラ座のボックス席がお嫁入り持参金に含まれる
こともありました。 参考資料 「ルキーノ・ヴィスコンティ ある貴族の生活」

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by aula-magna | 2009-02-14 20:49 | ・イタリアオペラの話 | Trackback | Comments(0)
オペラの字幕を制作する上で、いつも心に誓っていることがあります。
わかりやすいこと、イタリア語をできうる限りそのまま生かし、言い過ぎないこと
(字幕で説明をしないこと)、言葉が音楽のリズムに合っていること。

すなわち観客の方々に、イタリア語と日本語との間にある壁を少しでも取り去って
イタリア語と音楽の心地よい結びつきを感じていただけるような字幕作りを目指して
います。文字数制限もあるため、重唱やセッコの部分は特に難しく、いつも本番
ぎりぎりまで悩み抜きます。
理想としては、字幕の日本語が曲の中に融け込んで字幕を読んでいるのを忘れて
いたように感じていただけるところまで行けばと思っています......
by aula-magna | 2009-02-10 00:17 | ・日記 | Trackback | Comments(2)

“Evviva VERDI!”

1800年代前半のイタリア統一運動の挫折から、その後の道を切り開いたのは、
サルデーニャ王国のヴィットーリオ・エマヌエーレ2世とその協力者たちでした。
そして1861年3月に彼を王としてイタリア王国が成立するわけですが、
その頃、イタリア人の愛国心を刺激し士気を高めたのは、愛国者ヴェルディの
作品の力が大きく 「レニャーノの戦い」 の初演(1849年)後には、聴衆から
“Evviva VERDI!”(ヴェルディ万歳!) の声が沸き起こりました。
これは作曲者ヴェルディを讃えると同時に、“Evviva Vittorio Emanuele Re
dItalia!”(イタリア国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ万歳!)とイタリア統一王
として期待を集めていたエマヌエーレ2世を讃えることでもあり、当時のイタリア
国民の合言葉となりました。
そして1946年6月に国民投票で現在の共和制となったのです。

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by aula-magna | 2009-02-09 00:01 | ・イタリアオペラの話 | Trackback | Comments(2)